カンボジアのお友達は今。|2021.6.5

大学生のときに、カンボジアとある小学校を3回訪れました。

1回目は、小学校の図書館建設のボランティアで。

2回目は、その小学校の現状確認で。

3回目は、卒業旅行で友人と。

 



1回目で仲良くなったお友達。

小学校の図書館建設をお手伝いするために、カンボジアのとある村へおじゃましたことがあります。

その建設活動中に仲良くなったのが「スンレイ」というお友達。

小学校に通う女の子でした。

「スンレイ」という名前が氏名なのか、それとも下の名前なのかも知らないし、もちろん言葉も通じない。

でも2週間ほぼ毎日一緒にいたし、向こうもわたしの名前を覚えてくれたので、正真正銘のお友達です。

お友達の証(?)として、アルプス1万尺の手遊びを教えて日本に帰国しました。

2回目に会ったとき。

1年後、またスンレイちゃんに会う機会がありました。

図書館がどういう風に利用されているのか、視察することになったからです。

いざその小学校に向かうと、またスンレイちゃんに会えました。

スンレイちゃんは、私のもとに向かって来て、名前を呼んでくれました。

あと、「これも覚えてるよ!」という感じで、アルプス1万尺も披露してくれました。

スンレイちゃんは、動画はもちろん、わたしの写真も持っていなかったのに、わたしのことを覚えてくれていた嬉しさに泣いてしまいました。

スンレイちゃんや、小学校の子どもたちの将来に何か貢献できた気がしたのです。

アルプス1万尺や、わたしの存在だけで何かが変わるわけではないのは百も承知なんですけどね。

そんなわけで、満足な気持ちで帰国しました。

3回目は会えなかった。

1・2回目はボランティア団体として参加しましたが、3回目は友達と卒業旅行で向かいました。

カンボジアが大好きになっていましたし、またスンレイちゃんに会いたかったのです。

だけど、会えませんでした。

ボランティア団体として訪問したときは事前に訪問することをお知らせしているのですが、今回は突然行ったから。

しかもスンレイちゃんに限らず、1・2回目のときより子どもたちが少なかったです。

通訳の方と一緒に行ったので、スンレイちゃんの写真を見せて

「この子は今日は来ないの?」

と、先生に聞きました。

すると、

「この子は家が貧乏でお手伝いをしているから、ほとんど学校に来ていないよ」

と言われました。

そこでやっと気が付きました。

スンレイちゃんの将来に貢献できたと思っていたのは、思い上がりだったということ。

図書館を建てたところで、仲良くなれたところで、貧しさは簡単に改善できるものではないこと。

当たり前のことなのに、3回行ってようやく気付いたのです。

カンボジアでは「家業があってこその学校」という考え方もあるので、毎日来ないことはそれほど問題ではないかもしれません。

でも、自分の力のなさに気が付きました。

 



カンボジアのお友達は、今。

スンレイちゃんが今何をしているのかはわかりません。

小学生を卒業できたのかも、相変わらず家業をしているのかも。

わたしのことを覚えてくれているのかもわかりません。

でも、わたしがカンボジアに滞在していた2週間、スンレイちゃんが毎日学校に来てくれていたのは事実です。

その2週間は、子供らしく校庭で遊んでいたのも事実です。

何もできなかったかもしれないけれど、

「お友達がいるから学校に行こう」

と思ってくれていたのだとしたら、少しは意味があったのかな。

スンレイちゃんの状況を大きく変えることはできなかったけど、できなかったことがわかってよかった。

何もできなかったことを知ったからこそ、数年経った今でもどうしたらいいか考えることができます。

また海外旅行ができるようになったら、スンレイちゃんに会いに行こう。

アルプス一万尺して一緒に遊ぼう。

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